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『私は泣いています』― 物書きの独り言 16 [エッセイ]

           『私は泣いています』

この話は、mixiブログで展開している「物書きの独り言」と称するシリーズ読み物の中のエッセイ5連作の第四話です。1967年辺りから1970年代前半にかけ、20歳になったばかりの一美大生であった私が、文化人たちがたむろすることで有名だった新宿ゴールデン街片隅にあったバラック酒場「もんきゅ」でアルバイトをしていたころ見聞きした、さまざまな人々のさまざまな人生模様について語ってみたもの。天涯孤独の身の上の辛さを乗り越え、17歳で100万枚の大ヒットを飛ばしたリリィという歌手のことを懐かしく思い出される方のために、Y-tubuに紹介されていた、表題『私は泣いています』の唄をご紹介してあります。あなたの感想を聞かせていただけると幸いです。
                                 夜の新宿ゴールデン街
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(初めて読む方たちへ)

この作品は、1960年代後半から70年代前半に、文人・文化人たちが夜な夜な徘徊していた”新宿ゴールデン街”を舞台に、一アルバイト女子大生として過ごした筆者20代の目を通して綴る、悲喜劇エッセイ5連作中の第4話。登場人物たちは仮名にした方も居ますが、ほとんどは実在した人々。


彼らと共に過ごした日本の青春時代の中で起きた、悲喜劇のあれこれを、できるだけ忠実に、面白く、かつしみじみと語っていきます。[物書きの独り言 13]から始まったこの連作エッセイも、次回最終話。当然ながら、私をゴールデン街に引きずり込んだ、バー”もんきゅ”のマスター、シュンさんを中心に、と考えてはいますが、当時私と同年代でありながら、家族・親族の反対を押し切って、単身米国へと旅立っていったある女子大生のお話も、書いておきたいと思っています。お楽しみに。

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何処かから東京に流れ着いて、さすらって、いつの間にか居なくなった、女が居た。

彼女は・・・・・実は「彼」。
「彼」なのに「彼女」として生きて。
「彼」なのに「母親」になって。
「愛した」のに「愛されなくて」。
それでもいつも、笑っていて。
いつのまにか、どこかに行ってしまった。
だからここに、書いておきたい。

彼女が居たのは、いまから40年も前の、新宿ゴールデン街。
ぐつぐつ煮え立つ鍋の中みたいだった1960年代後半から70年代にかけての日本の、東京の片隅。
結構賑やかに生きて、派手に泣いて、派手に笑っていたっけ。
もうきっと、誰も覚えていないだろうけれど。


■ある夏の夜・・・・。

酒場の客は気まぐれ。
ウィークデー、しかも普段はヒマな月曜日だってのに、客がワンサと押しかけてくるときがある。
こちらはもちろん油断しているから、たちまちあれやこれやと足りなくなって。
そんなとき、ゴールデン街の酒場仲間の付き合いは暖かい。
ほとんどなーんでも貸してくれる。

「シュンさんっ、ビール無くなった!」
「借りてきて」
「おつまみが足りなくなったっ」
「借りてきて」
「タバスコが無いっ」
「借りてきて」
「米、味噌、醤油、石鹸とパンツとブラジャーも・・・・!」
「借りてきて」
まさか・・・・・(笑)
でも、ほんとになんでも、嫌な顔ひとつせず貸してくれたのだ。

バー"もんきゅ"のこの夜も、そんな異常事態から始まった。
開店と同時にどんどん客がやってきて。
カウンターはもちろん、店の奥にしつらえてある、靴を脱いで座って飲める、カーペット敷きの小さなフリー・スペースまでたちまち満杯。
座れても3人が限界なのに、顔なじみの気楽さで「詰めて、詰めて!」
二畳も無い空間に、4、5人がギューギュー、スシ詰め状態。
しかも、いつもなら、そんな状態を見ると、みんなとっととハシゴ酒をしに行くのに。
今日はどうしたことか、みんな居座って、じっくり飲む構え。

小さな酒場には、小さな冷蔵庫しかない。
ビールなんかは、足元の金ダライに、ブッカキ氷を入れて冷やすのが基本。
小さな酒場は、氷代だってバカにならないから、仕入れはカンが頼りなのだが。
その日は月曜日、しかも給料日前、しかも雨・・・・これか、客が動かない原因は。
いつもなら開店早々は閑古鳥が鳴く、ってくらいヒマでヒマで。
シュンさんも私も9時過ぎあたりまでずーっと本を読んでヒマ潰し、のはずだったから・・・・・たっぷり油断した。
8時過ぎには壁に寄りかかって立ち飲みする連中まで出て、シュンさんも私もてんてこ舞い。
当然、真っ先に氷が足りなくなった。
「ドガ、借りてきてっ」
「はいっ」
コンビニなんか無い時代だから、ブリキの洗い桶を持って店を飛び出したものの・・・・・・。

その夜はどうしたことか、どの店も満員御礼状態。
行く先々で「ごめん、ウチも足りないのよォ」
仕方がないから、いつもなら足を向けない遠くの店まで走ったけれど、どうしても氷は手に入らない。
近所の店はとっくに閉まっているし、ああ、もう、どうしよう!と困り果てたとき・・・・・。
「どうしたの?」
声をかけてくれたのが、バー「小紫」のママ。
名前からお察しの通り、ゴールデン街名物のおカマ・バーのひとつ。
しかも180㌢はある巨体に日本髪の、例のママさん・・・・小紫というより大紫だ。

酒場のバイトには慣れたけれど、世間知らずの小娘は、おカマさんたちの居るバー近辺はなんとなく恐かった。
いつの間にか顔なじみになった客引きのおカマさんたちとは、顔が合えば行き帰りの挨拶ぐらいはするようになっていたけれど、人間、知らないものは恐い、のが常。
おカマさんたちの存在自体、今ほど世間に認知されていなかったから、正直、どう接していいのかわからなかったのだ。
でも今夜は非常事態。
「こっ、ここ、氷が足りなくて・・・・・」
「あーら、繁盛ねェ」
「い、いえ月曜日だし。こんなことになるなんて、私もシュンさんも予想してなくて」
「いいわよ」
「えっ」
「ウチは今日はヒマ。取っといたって溶けるだけだし、持ってらっしゃい」
「ほんとにっ!よかった」
「こっち、来て」
ギィッときしむドアを開け、初めて入ったおカマ・バー・・・・・。

それはそれは派手で・・・・キンキラキンでゴージャスで・・・・すす、凄い!
ゴールデン街に、こんなにお金のかかった店があるなんて!
「夢の世界にはねえぇ、この世のものならぬ演出がいるのよォ」
ママさんも、この世のものとは思えないけど・・・・・。
漆みたいな黒塗りに金縁のカウンター。
よくわからないけど、ふわふわした、濃い紫色の毛が生えた壁紙なんて初めて見た。
足元には、絨毯が・・・どたばた足音が響く“もんきゅ”の板張りの床とは大違い!
グラスもなんだか高価そうでピカピカしてて。
「みっちゃーん」
「はーい」
ひ、えぇぇぇぇぇぇ・・・・・。

そりゃまあ、ママさんが芸者姿だから、考えてみりゃ当たり前の展開なんだけど。
出てきたみっちゃんは、舞妓姿!
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・ブス・・・・・・・・・・。
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・デブ・・・・・・・・・・。
しかも、しかも、すっごーい・・・・・・・・・チビ・・・・・・・・・・。
その、この世のものならぬみっちゃんが、でっかい氷の塊を「ハイ」
洗い桶の中にドスン、と入れてくれて。
「あああ、ありがとうございますっ」
「いいのヨー」
ニコニコ笑った顔がおカメの面みたい・・・・・・やだ、すっごく可愛い!
おカマさんにも、笑顔美人っているんだ。
ちょっと感動しながら“もんきゅ”に帰ってきた。
その夜お店を閉めたあと、片付け物をしながら、シュンさんに今日の氷事件を話した。
「小紫のママさんって、気前がいいんですねー」
「おカマだから」
「おカマさんって、気前がいいんですか」
「おカマだからな」
返事になってないって。
帰り道、バー「小紫」の看板の灯は消えていて、お礼も言えなかった・・・・・。

翌日、いつもより早めにお店に出た私は、いつもの倍ぐらいのお通しを作った。
量があって、安く出来て、お客さんに好評な・・・・・高野豆腐の煮付けと、人参やこんにゃく、ひじきや鶏肉、ねぎといった具沢山の卯の花、つまりおから。
これに、茗荷のセン切りを山盛り別の入れ物に入れ、どっこいしょと持っていった。
バー「小紫」のドアをトントントン。
「あら、昨日の・・・・・」
ひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁママさん、今日は毛皮のマリーだ!
美輪明宏ばりのメイク、ぐゎっと胸の開いた紫色のロングドレス、から、ン・・・・胸毛?
ということは・・・・・・。
「おーはーヨー」
ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、みっちゃん、今日はプリンセスッ?!
「ま、毎日着替えるんですか?」
「アタシたちってェ、夢の世界の住人だからァ」
はぁ、なるほど・・・・・。
「あのう、これ、昨日のお礼で、えっと、お客さんに出したらどうかなって、これ結構評判のいいお通しで・・・・その、お礼、考えつかなくって、す、すみません」
ママさんがじぃっと私の顔を見た。
「これ、あんたの自前?」
「えっ、ああ、はい」
「この大鉢も?」
「あのっ、安物で、す、すみませんっ、カウンターに置けるかなって思って、その、お店の雰囲気に合わなかったら、捨ててもらってかまわないですから」
「ふうん」
ママはそのまま、ありがとう、と受け取ってくれた。

それから2、3日して。
シュンさんが何やら立派な箱を持って店に入ってきた。
「ドガ」
「あ、はい?」
「お前、小紫のママに何かしたか?」
「いえ、別に何も・・・・」
「そうか、これ、ママからだ」
「へ? 私に?」
開けてびっくり玉手箱!
「こっ、こっ、ここここここれ」
「ニワトリかお前は」
「メッ、メッ、メメメメメメメメッ」
「ヤギだったか」
「メロンじゃないですかっ!しっしっしかもッ!」
今だって数万円はする、最高級の、 日本橋千疋屋の箱に入った、マスクメロン。
「ななな何でこんな高価い果物を、私なんかにっ」
「だから何かしたのかって聞いただろ」
「してません!何もしてませんってばっ」
そのまま店から飛び出した!
いくらなんでも、ラッキー!なんかで済ませられるものじゃない。

「ママーッ!」
「あら、また氷?」
「こっ、ここれっ」
「ん、美味しそうでしょ」
「い、いただけません、こんな高価いもの、いただく理由が・・・・・」
「あんたのお通しでさ、儲かったのよ」
「どど、どういう意味、ですか?」
「ウチ、お通し3千円なの」
ぎぇっ・・・・・ぼったくりだっ!!
言っておきたい、当時の大卒初任給は、せいぜい三万円前後だったことを。
ラーメンは一杯150円ぐらいだったか・・・・。
そこから今の経済感覚に換算すれば、たかが酒のつまみが2万円、ということになるのだ。
「あのっ!? お通しってサービスじゃ・・・・?」
“もんきゅ”は当然サービスである。
「夢のお値段よぉ」
「えーっ」
「それ、分け前ね、あんたの取り分」
「えーーーーーーっ、いっ、いただけませんっ、そんなのっ」
「ガハハハハハハ、ジョークよぉ、バカねぇ」
奥の椅子でみっちゃんもクスクス笑っている。
「大丈夫よォ、それ、お客さんからママへのプレゼントだからァ」
なんだ・・・・・よかった。
「小紫」のママさんとは、こんな風に知り合いになったわけで。


■真夏の夜の・・・・・悪夢!

他の街は知らないけれど。
ゴールデン街には、商売仲間の仁義、というようなものがあって。
どれも小さな店ばかりだから、自分の店が客で満杯になるとハミ出した客を仲間に廻す。
仲のいい他の店を紹介し、そちらに行ってもらうのだ。
マスターやママがよく知っている店だから、店の雰囲気や客層が似ていて、紹介された客は安心して飲める。
度重なれば、客はあちこちになじみの店が増え、いつの間にかハシゴ酒の仲間入り、ということにもなるわけだ。
「小紫」のママからは「うち、満杯なのよぉ、頼むわねー」
ちょくちょく電話が入るようになり、小ナスのみっちゃんが、いそいそ客を送ってくる。

「気に入られたな」
「え、誰に?」
「小紫のママ」
「そう、なの?」
「あのママ、苦労人だからな」
苦労なんて言葉はおよそ似つかわしくない、天真爛漫のおカマさんのように見えますが?
「人間、外からはわからないもんさ」
「ふーん」
そう、本当にわからないものだった、人間って・・・・・。

夏真っ盛り、連日30度を越す真夏日が続き、熱気でウンザリするようなある雨の夜のこと。
「ママ、そっちに行ってない?!」
みっちゃんが、悲鳴のような声で電話をかけてきた。
どうしたんだろう?
シュンさんが様子を見に行き、留守番をしていると。
しばらくして帰ってきたシュンさんは怖い顔で「ちょっと出かけてくる」
そのまま、帰ってこない。
12時を過ぎ、1時を回り・・・・2時を少し過ぎたあたりだったか・・・・。
店の電話が鳴って「ドガ、客を帰せ」
「え、でもまだ・・・・」
「いいから、店を閉めろ!」
あわてて店を閉めて待っていると・・・・・。
「ドーガーちゃぁぁぁん」
わっ、ママ! そんなに酔っ払って、ずぶ濡れでっ。
小柄なシュンさんが、脇の下に埋もれるような格好で支えながら、キラキラドレスのママを連れて帰ってきた。
しかも・・・・・・。
「ママッ、どうしたのーッ」
顔を上げたママの左眼の周りは、すっごい青アザ!
まぶたもお岩さんみたいに腫れてるしっ!
それによく見ると、鼻の下にうっすらと青い髭・・・・いや、鼻血の跡が!
「ケンカしたんですかッ」
「たーいしたことないわよォ、こんなことォ」
そのままヘナヘナ座りこむ!
取りあえず奥のフリースペースに寝かせ、氷水で冷やしたお絞りをアザの上に乗せて。
シュンさんが電話をかけている。
しばらくして、みっちゃんが、ママの荷物を抱え、階段を駆け上がってきた。
しかしママはフリースペースで高いびき。
その顔を見たみっちゃんが、
「ママーッ」
わっ、と泣き崩れた!

怖い顔のシュンさんと、泣きじゃくるみっちゃんが、カウンターの隅でぼそぼそ話し込んでいる。
事情の見えない私はどうすることも出来ず、ひたすらママのお絞りを換え続けた。
「ドガ」
「うわっ、はいっ!」
「みっちゃんを送っていけ。それから、今日はそのまま帰っていい」
「・・・・・は、い・・・・・」

ゴールデン街を出て、区役所通りを左折して、甲州街道の大通りに出る。
明け方近い雨の夜、不夜城新宿の人通りは結構あり、みんなが私たちをジロジロ見る。
だってみっちゃん、今日は金髪のカツラに真っ赤なカクテルドレス・・・・。
まだおカマさんそのものが珍しかった時代に、どう見たって女性風の男性、だもの。
みっちゃんはうなだれて歩きながら「ドガちゃん、お茶、飲まない?」
「あ、はい・・・・いいですね」
事情はわからないけど、みっちゃんだけでも慰めてあげたい、本気でそう思った。
珈琲館という、今でもまだある深夜喫茶に入った。

「びっくりしたでしョ」
「まァ・・・・・」
ケンカして、怪我して、正体不明に酔っ払ったおカマさんを見たのは初めてだったから・・・・。
みっちゃんが、深い、深い、ため息をついた。
「ママね、息子に殴られたのよ」
「えっ」
大きな目から、ぽろぽろ涙がこぼれる。
「息子ったって、血は繋がってないんだけどサァ」
「よ、養子、ってことですか」
「でもないのよォ」
「?????」
「迷子、なの」
あー、うっとうしいわァ、とみっちゃんが、涙を拭きながら、付けまつ毛をバリバリ取った。
「家出してきた子。高校生らしいんだけど」
家出・・・・高校生・・・・らしい・・・・・!?
「アタシは止めたのにィ、ママって、ほら、母性本能が強いヒトだからァ」
ぼ、母性本能、ねぇ。
「アタシもそやって拾われたのよ。もともと、コッチの世界に憧れてたんだけど」
そうなんだ・・・・。
「いまほら、ピーターってコがデビューしてサ、評判じゃない」

ピーターこと池端慎之介がデビューしたのは1968年(昭和43年)。
『夜と朝のあいだに』で、翌年のレコード大賞新人賞を貰っている。

      17歳のピーター(1968年)


「“ヨイトマケの唄”の丸山明宏サンも、寺山修司サンの、ほら“天井桟敷”って劇団で主演したりしてサ、頑張ってるでショ。アタシもこンなだからサ、何とかなるかもしれないって田舎から出てきたんだけどォ。ダメなのよォ、音痴だからさァ」
みっちゃん、他の理由で無理だってば・・・・・。

          美輪明宏


「新宿で食い詰めて、女の格好してフラフラしてたら、ママに会ってサ。ウチへおいでって・・・・・」
「じゃあ、その、息子さんも・・・・・」
「ううん、あのコはノーマル。だけどすっごいグレててサ」
「不良なんだ」
「そんなもンじゃないわョ。シンナーとか、クスリとか、もうメチャクチャ」
でも何でそんなコに・・・・・血も繋がってないのに・・・・・?
「ママさァ、昔、子供と別れたのよォ、別れさせられたっていうか」
ママに子供が!、でもママって、おカマさんじゃ・・・・。
「あのね、突然目覚めることってあるのよ。アタシたちの世界って」
「とと、突然おカマさんになるんですか!」
「うん、ドンデンがくるっていうんだけどネ。なんかヘンだなァって思いながら、でもほら、体はオトコでしょ」
「う、ん」
「普通に結婚して、子供も出来て、でも何かヘンで」
「それで急に女になっちゃうんですか」
「アタシも詳しくは知らないんだけどォ。田舎の祭りの晩、急にイイ男に出会ったんだって。一目ぼれってやつね。で、どうしようもなくなって」
「どど、どうなったんですか」
「カケオチ」
えーっ!子供もいるのに!
「そういうモンなのよ、おカマの恋ってさァ」
男の人と、男の人が、カケオチしてしまうほどの・・・・恋????
「結局、捨てられちゃったんだけどサ。そンとき置いてきた息子に、似てるらしいんだ」
「その、家出してきたコが・・・・・?」
「腐れ縁みたいなもんね。何されたって、放り出せやしない」
やたら複雑な気分になってきた。
「ママにしたら、罪滅ぼしみたいな気持ちなんでショ」
「本当の息子さんに会いにいけばいいのに」
「もう死んだことになってるんだってサ、ママ」
「・・・・・・・・!」
「ママは何とかしてやりたいって一生懸命なんだけど。あいつ、ホンマモンのワルだから」
ホンマモンのワル、というのがどういう人なのか、私にはわからなかったが。
ぼろぼろにされたママの、「たーいしたことないわよォ、こんなのォ」という声が耳に蘇ってくる。
「人生ってさ、どうしようも無いことばっか・・・・・」
よ、よくわかりません・・・・・けど、みっちゃん、泣かないでょ。
「あのコもサ、親にかなりヒドイ目に合わされてきたらしくて。もう元に戻れないぐらい、ヒン曲がっちゃってるのヨ。誰も信じられないぐらい」
私なんか、とても受け答えできない世界の話だった。
「殴って、殴って、これでもかってぐらい反抗して。ママの気持ちを確かめてンのよネ。これでも俺を捨てないか、ってサァ」
・・・・・・・『たーいしたことないわよォ、こんなのォ』・・・・・・。
溶けたマスカラと涙で真っ黒になったみっちゃんのハンカチを見てると、なんだか胸が抉られる・・・・。
どんな言葉も、出てきやしない・・・・。

「雨、止んだみたいネ。帰ろっか」
「あ・・・・・はい・・・・・」
“人間、外からはわからないもんさ”
もしかして、シュンさんも、そうなんだろうか・・・・・。
そんな風には、一度も考えたことがなかったけど。
私は、いつも外側からしか、人を見たことがないのかもしれない・・・・。

         新宿の夜景 


■身を捨てて浮かぶ瀬もあれ花筏・・・・・

ママは、翌日から、とっても元気だった。
アザが消えるまで、片目にカラフルな眼帯をかけて。
「そんな眼帯、どこで売ってるんですか!」
「自分で染めたのよぉ、ドレスに合わせて」
「お、おしゃれですね」
「ドーガーちゃァん」
げっ、みみみ、みっちゃんも殴られたのっ!
「お付き合いよォ、ママの」
バー「小紫」は、しばらくずっと、片目のママと、片目のみっちゃんが、この世のものならぬサービスを展開していた、らしい。

私は、ママばかりでなく、ゲイのお姉さんたちにも、ずい分と可愛がってもらった。
お姉さんたちは大変な物知りで。
美味しいものやファッションや、お化粧やお肌の手入れ、その頃はまだまだ知られていなかった世界中のブランド品や、細やかな気配りのあれこれ・・・・・。
客引きに立つお姉さんたちと、よく立ち話をしたものだ。
そして、“外からは見えない世界”のあれこれの話を、よく聞かせてもらった。
「あの人はね、アタシたちと同じ世界の人なのよ」
びっくりするような、ゲーノー人や有名人の方々の秘密、なんかも・・・・・。

遠い、遠い、40年も昔の、ゴールデン街の片隅で。
入れ替わり、立ち代り、現れては消えていった、この世のものならぬ世界の住人たち。
体は男だけれど、並みの女たちよりずっと賢く、情深く、濃やかで女らしい心の持ち主たちばかり。
みんな、みんな、優しくて、哀しくて、明るくて、淋しい人たちだった。
あの人たちに出会わなかったら、私は人間の見方がもう少し狭く、恥ずかしい考え方を、平気でしていただろう。

人のことは、人から学ぶものだけれど、本当に触れ合わなければわからないものがある。
すっかり大人になって、仕事でどれほど大変な肩書きの人に出会っても、私の心の中には、いつもシュンさんの言葉がリフレインしていた。
“人間、外からはわからないもんさ”

もう、バー「小紫」の看板は無い。
ママも、みっちゃんも、もういない。
あの頃のお姉さんたちも、誰もかも。
そういう人たちが確かに生きていたのに、そんなことはきっと誰も覚えていないのだろう。

私を、内側からも育ててくれた新宿ゴールデン街。
戦後、身を売る女の人たちがここに集まり、どこかに消えていったというこの街もまた“外からはわからない”沢山のあれこれを秘めた街だった。

そんな街で、こんな唄が流行ったことがある。
戦後、米兵を父として生まれ、帰国してしまった父とは生き別れ、母とも、兄とも死別して、天涯孤独の中でがんばって生きた17歳の、ハスキーボイスの少女が歌い、100万枚の大ヒットを飛ばした、少し哀しい唄・・・・・。

 

         17歳でデビューしたリリィ 


『 私は泣いています 』唄:りりィ 作詞・作曲:りりィ(昭和49年・1974年)

http://jp.youtube.com/watch?v=3qFhFGjOxSA

私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたに会えて幸せだった
昼も夜も帰らない
あなたがいたからどんなことでも
なりふりかまわずあるいてきたの

私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたにとって愛のくらしは
とてもいやなことばかり
あなたに言われて気づいたことも
そんなところはなおしてみます

私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたは言うのもう終りだと
まさかそれはうそでしょう
あなたの言葉が私のまわりで
嵐のようにうずまいているの

※私は泣いていますベッドの上で
私は泣いていますベッドの上で
あなたの幸せ願っているわ
私だけはいつまでも
あなたの幸せ願っているわ
私だけはいつまでも

注:バー「小紫」の名前も、みっちゃんの名前も、仮名にしてあります。
  もし生きておられたら、もう一度会いたい人たちですが。


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