あの移動映画館はいまも北海道を走っていますか? [考えさせられた話]

(2005年3月13日(日)のノートから)
その人は78歳。
名前は、西崎春吉さんという。
あまり娯楽設備のない北海道の遠隔地で暮らしている人や
子どもたちのために
函館のアパートを拠点に
32年間も移動映画を映し続けている。
総重量600kgもの映写機械をライトバンに積み、
冬は極寒となる北海道のあちこちを、
車内に寝泊りしながら、今はたったひとりで‥‥。
<パートナーを亡くして>
西崎さんは3年前、最大の協力者であり、最良のパートナーでもあった奥さんを亡くした。それまでずっと二人三脚でやってきたのに。
すっかり気落ちした西崎さんは古希を越えた自分の体のことを考えた。
映写機械は総重量が600キロもある。奥さんと云う協力者もなく、ひとりで続けていくことは難しい。
西崎さんは、ついに、この重労働に終止符を打つことにした。
しかし暫くして、生活の中から何かがすっぽり抜け落ちてしまったような感覚に襲われた。それは、生き甲斐を無くしたような、やりきれない寂しさだった。
ひとり庭を眺めながら、西崎さんは思った。自分を待っていてくれた人たちのこと、何より子どもたちのあの喜びの笑顔を。
体が本当に動かなくなるまで、続けてみよう。
西崎さんは立ち上がった。そして再び、古いライトバンに乗り込んだ。重い重い映写機械を、ひとりで積み込んで。
西崎さんのライトバンが走り出す。沢山の人たちが待つ、北海道の村や町に向かって。
<たった2人の子どものために>
映写場所は、訪れた街の公民館や、公共施設。本来、映画を見せるような場所ではない。そのため映写機械の設置やスクリーン張りなど、西崎さんの労苦は大きい。
それでも、映画に触れるチャンスの少ない、地方の小さな村や、離島に住む子どもたちのために、西崎さんは出かけていく。ライトバンに寝泊りしながら。
真冬、極寒の北海道では、ほとんど客が来ないときがある。来ないというより、来られないのだ。大吹雪のときなどは。
でも西崎さんは、凍える手に息を吹きかけ、吹きかけ、全ての準備を整えて客を待つ。決して中止にすることはない。
「一度休むと、次からの信用を失う。特に子どもたちの。雨が降っても、吹雪いても、必ず映画を見せてくれる、そう思ってもらうために、たとえ観客が一人でも、ぼくはやります」
事実あるとき、もう誰も来ないのかと思っていたら、開演間際、子どもが二人、兄弟でいそいそとやってきたことがあるという。
「子どもたちがね、映画に見入って、一時間も二時間も、微動もせずにスクリーンを見つめています。それを見ていると、本当に感動するんです」
西崎さんは、その喜びと感動のために映画を映し続けているのだ、と笑う。
<吹雪の奥尻島へ>
その日、港は吹雪いて、船は欠航した。
ライトバンの中で二日間待って、西崎さんは奥尻島に渡った。
移動映画の上映予定日は二日間遅れた。
島の中を、新しい上映日を知らせながら、西崎さんのライトバンが走る。
車の上部に取り付けた、手作りのポスター看板と小さなスピーカー。それがこの移動映画館のPR方法の全てだった。
島を走りまわったあと、西崎さんは映写の準備を全て整え、じっと島民がやってくるのを待った。11年前、初めてこの町に来たときのように。
6時30分。まず子どもたちがやって来た。
映画を、テレビやビデオ以外で見たことのない子どもたちが。
あの大地震で壊滅した奥尻の町に建った、新しい、立派な市民センター。その座席が、子どもたちの笑顔で次々に埋まってゆく。
そして‥‥、
「私も子どものころ、このおじさんが映してくれた映画を見たんです。なつかしいなぁ」
大人になり、子どもの父親になった男性や女性が、そのころの自分と同じくらいの年頃になった子どもたちを連れて、眼を輝かせながら座席にすわる。
凍てつく奥尻の町が、西崎さんの映す映画の熱気に包まれていく。
<観客は西崎さんと同い年‥‥>
ある日、老人センターの要請を受けて、西崎さんは出かけた。観客は、西崎さんとそれほど年の違わない人々。
西崎さんが選んだのは、戦争をテーマとした、昔の日本のコメディ映画。
見終わった一人の老人が、笑いながらこう言った。
「戦争はあんなもんだよ。弾に当たらないように戦うんだ」
上映が終わった後、西崎さんは観客に向かって語りかけた。
「ぼくも、皆さんと同じ年なんです。でも、おかげさまで今もこうやって働いています。皆さんも、がんばってください」
どんな介護より、どんな治療より人の心を癒す、西崎さんのハート・ケアだ。
<本当に好きなことをして生きるのは‥‥>
西崎さんは移動映画の旅に出ると、何ヶ月も家には帰れない。
久々に帰ってきたとき、奥さんの仏壇に向かいながら、西崎さんは云う。
「お前、俺をまだ迎えに来るなよ。あと10年は迎えに来るなよ。まだやりたいことがあるからな」
西崎さんは少年のような目をして、こう云う。
「映画は夢を見させてくれる。もちろん現実は、映画みたいにはうまくいかない。でも、本当に好きなことをして生きるのは、人生として最高だと思うよ」
お元気ならば西崎さんは今年78歳。
西崎さんが、命の続く限り、といったこの小さな移動映画館は、北海道のどこかの小さな村や町を、今も走っているのだろうか。
あの暖かな命の映画館は‥‥。
(追伸)
このブログをたててから、西崎春吉さんのことがweb上でたくさん取り上げられていることを、『ドン亀日記』のドン亀さんが知らせてくださいました。さっそく”西崎春吉”さんで検索したところ、本当に沢山の方々が、彼と彼の移動映画館について書かれていらっしゃいました。
西崎さんは、いまも元気で張り切って移動映画を続けていらっしゃるようです。本当によかった。いつまでもお元気で、がんばってくださることを、心から応援したいと思います。西崎さん、がんばって!

| ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2004 (第15回) | |
![]() |
「中田鉄治さんの夢を引き継いで<鉄っちゃんシネマ大賞>」 第1回受賞者 西崎春吉さん(函館市) ■道南を中心に、29年間、映画館の無いまちで公民館などを使った「移動映画館」を開設し、映画上映を続けている。 昨年死去した妻の芳子さんと、夫婦2人3脚で行ってきたが、芳子さんに 先立たれてからはたった独りでまちを回る。 公民館などの会場予約からチラシ配り、もぎりまで 全部自前。機材一式をワゴン車に積み込み、旅先では車中泊しながらの上映を行う。 「人からは 『もうからないのに、ばかでないか』と言われるが、やっぱりみんなの喜ぶ顔が見たくて」と話す。 中田鉄治前実行委員長とは10年程前に1度会い、映画の話で盛り上がった。 中田さんも「あん たも映画好きだなあ」と感心して言ったという。 ■今年1月23日放映のNHK総合テレビ「北海道スペシャル」で奮闘ぶりが取り上げられ、お茶 の間に太きな感動を届けた。 ■「いつまでも『映画のおじさんと呼ばれたいので、年齢は公表しません』というところは、いか にも夢を運ぷ映画人らしい一面だ。 ■「ゆうばり映画祭なんて、自分には縁が無いと思っでいたのに、こんな風に認めてくれて、本当 にうれしい。 カが湧いてきた。死ぬまで上映をやります」と感激している。 |
| ※西崎さんについての上記の文はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2004公式カタログより。 夕張映画祭は2月19日~23日に行われました。 | |
(以上の写真と文章は 『ゆうばり国際映画祭2004鉄っちゃんシネマ大賞』よりお借りしました)
(トピックス)
北海道で実際に、西崎さんの移動映画を体験されたという、フクフク丸さんから、この記事に関するコメントをいただきました。(コメント欄をご覧になってください。) かつて自分も観たという移動映画に、お子さんを連れて、20年ぶりに出かけられたというフクフク丸さんの、感動にあふれたブログを、皆さんにもぜひご覧になっていただきたく、彼のコメントの下の「フクフク丸のあずましいblog:移動映画。」のURL からお入りになることをお奨めいたします。
(本記事内にURL を移動しようとしたのですが、フクフク丸さんのブログへの移動が何故かうまくいきませんので、とりあえず彼のコメントの下に紹介されているURLからお入りください。)
(その他の記事はこちら。リンクを貼ってありますのでクリックしてお入りください)
※これまでの公開記事のダイジェストガイドです。目次としてご覧ください。
★『写真+詩で季節を詩う』(ダイジェストガイド ①~21)
★『受賞童話作品』とダイジェストガイドをどうぞ。








こんにちは。 なかなか子供や喜んでくれる人のために、どんな苦労があっても続けていくことは難しい。 西崎さんの生き方はとても素晴しく、真似はできないけれど少しでも見習えたらと思います。 人のために働き、生き続け、そのことが自分の喜びと感じられる人生を送ることができたら… 少しでもそう感じられるよう頑張ろう!
by (2006-04-05 10:57)
気になったのでWebで検索してみたら、やはり大勢の人が感銘を受けたようでたくさんのサイトがHitしました。産経新聞にも掲載されたそうです。放送したテレビ局のサイトには西沢さんの写真も掲載されていました。
本当に自分の喜びを見つけられる人生って何なんだろうって考えさせられるお話ですね。西沢さん御本人もすごいし、その喜びを共有できて支えてこられた亡くなられた奥様もすごい人だなと思います。
by (2006-04-05 17:54)
mama-witchさま、
はじめまして!!
小生の記事へのナイス&コメント、ありがとうございました!
ぜひ、今年もTVで続編をやってほしいですね!!
by Kimball (2006-04-05 23:38)
私達の成長過程で、最大の娯楽だった映画は都市以外では殆ど常設館もなく、簡単に見られなくなりました。当市でも大型スーパーにシネコンができたため、市内の映画館か閉館しました。閉館した映画館の前身の映画館には、青春の思いでいっぱいです。町に出て、映画が観られない、こんな時代になりました。淋しいですね。田舎の子は大きくなるまで映画館で映画を観る機会は殆どないでしょうね。
by Silvermac (2006-04-08 08:27)
初めましてyukki-と申します
…目が潤みました
私は「もう歳だから…」という言葉が嫌いです
確かに高齢と言われるかたの体などの状態は
まだまだわかりませんが
一生言いたくない言葉だと思っています
「まだやりたいことがある」
とてもステキな言葉です
私もぼやぼやしてられません!
by yukki- (2006-04-23 11:46)
みなさん、nice &コメントありがとうございました。
★ポンさんの優しさに癒されている人たちが、ポンさんの周りには沢山居ると
思います。きっとそれがポンさんの、西崎さん流の生き方だと思います。
★ドン亀さん、お知らせいただいたおかげで、西崎さんの近年の消息がつかめ
ました。ありがとうございました。
★Kimball さん、本当にまた西崎さんの活躍が見たいですね。いっそ毎年、西
崎さんをフューチャーしてくれると、みんな元気が出ると思うのに。残念です。
★silvermac さん、映画はやはり映画館で見たほうがいいですよね。だって映
画はもともとTV用には作られていないのですから。でも子どもたちは、西崎さ
んに会えることが 楽しみのひとつなのでしょうね。
★yukki- さん、初コメント&nice 、ありがとうございます。いくつになっても、や
りたいことがある人、素敵です。私も同じく、ぼやぼやしてられないと思いまし
た。がんばろう!
★
by mama-witch (2006-04-24 00:51)
はじめまして。
移動映画に育てられて、先日移動映画に我が子を連れて行った者です。
私の思い出には沢山の色や味があり、映画そのものよりもそういう味わいを私に残してくれたのは、西崎夫妻のとどまらぬ情熱だったと言う事です。
今3歳の娘にも、いつの日か分かる日が来ると思います。
またmama-witch様の素敵な記事に巡り合えて嬉しかったです。
あと、勝手ながら私のブログの記事からリンクさせて頂きましたので、ご迷惑であれば外しますのでお手数をおかけしますがお申し付け下さいませ。
西崎さんの熱い思いを受け取って成長した男の思い出と記録は、「フクフク丸のあずましいblog:移動映画。」
http://happy2you.blog6.fc2.com/blog-entry-457.html
です。
唐突なコメント、失礼いたしました。
by フクフク丸 (2006-06-04 05:44)
★フクフク丸さま、コメント、ありがとうございました。
この記事を載せたのは5月10日。以来、出来るだけ沢山の人に読んでいただこうと、何度も、何度も、ブログのガイド画面に表示する努力を続けてきた甲斐がありました。ついに、ついに、西崎移動映画の体験者に巡り会えました。西崎さんは北海道人の誇りですね。西崎さんの移動映画で育てられた何百、何千の子ども達が、フクフク丸さんのように、立派に大きくなって、又その子どもを連れて、西崎さんのもとに帰っていく。これが人の輪、これこそが心の繋がりというものなのでしょう。記事を読んでくださったばかりでなく、暖かく、感動的なコメントまでいただき、嬉しくて、涙が止まりません。ほんとうに、ありがとうございました。
by mama-witch (2006-06-04 15:57)
☆ フクフク丸さま。せっかくですので、『西崎さんの熱い思いを受け取って成長した男の思い出と記録 「フクフク丸のあずましいblog:移動映画。」→ http://happy2you.blog6.fc2.co m/blog-entry-457.html 』を、私のブログ内に移動し、ご紹介させていただきました。ありがとうございました。
by mama-witch (2006-06-04 16:31)
昨年、わたしのブログにコメントをいただいていながら、なぜか気づいていませんでした。失礼しました。今朝、スパムコメントが書き込まれたので、それを退治しようとしたらmama-witchさんのコメントを発見しました。ありがとうございました。
ぼくのブログのコメントにも書きましたが、昨年、西崎さんは日本財団の表彰のため東京にいらっしゃたおり、ギンレイホールにもお寄りになったので、そのときに短時間ですがお会いしました。
情熱はいささかも衰えることを知らず、握手するたびにびっくりする大きな手と力強さ、そして謙虚さも変わりがありません。彼のお元気な様子そのものがうれしくて、その表彰がどんなものなのかをうかがうことを忘れてしまいましたが、彼のような人の活動に具体的かつ経済的な支援をしてこその表彰だろうと思うのですが、どうなのだろうかと今頃になって間の抜けたコメントといっしょに気になっています。
彼を主人公にした劇映画をつくろうという企画もあるそうで、昨年、東京にいらしたときに打ち合わせをしたそうです。実現するといいのですが。
ブログの更新がしばらくなされていないようですが、お元気なのでしょうか。はじめてうかがったのに、ちょっと心配しています。わたしと同年輩とお見受けしましたが。
by 玉井一匡 (2007-02-05 08:52)